katuskazan高雄政経ブログ

東京下町・淺草から台湾高雄にワープした活火山の言いたい放題&宣戦布告・「支那のプロパガンダと 【歴史戦】を戦う」「負けるか?支那外交部の【口撃】」

二・二八事件(1947・2・28) 「犬(日本)去りて、豚(中国)来たる」

            
今日は2月28日、台湾ではとても歴史的に大事な日になっています。

二二八事件、これは大東亜戦争後丁度1年半後におきました。


           


この事件の1年半前、大東亜戦争で敗北した日本は、ポツダム宣言を受け入れ
台湾から、日本軍、官憲、役人、一般日本人が祖国へ帰国しました。
そして、中国 国民党軍が台湾占領のために台湾へ入境することになりました。

日清戦争日露戦争大東亜戦争を戦い抜いた、あの精強な日本軍に勝利した
国民党軍はさぞかし精強比類ない軍隊だろうと、当時の台湾人は、同一民族
の誼もあり、大変期待してその入国を待っていたそうです。

そして、入境した国民党軍にはドキモを抜かれるほど驚愕したそうです。

まずは行軍、行進とは程遠い集団が三々五々に入ってきたそうです。
服装は不ぞろいの軍服あり、私服あり、中に裸足の兵士やなべ釜を背おった兵士
家族をつれて、まるで難民の群れのよな一群に、大変驚いたといいます。
そうですヨネ。

軍隊とは、基本的には整列、粛々と行動するのが基本です。
なべ釜、家族ずれなら、確かに難民にみられてもしょうが無いでしょう。
その国民党軍が、台湾で軍政をひいて1年半後に起きた事件が二二八です。

高雄市の中正路で愛河を渡った右手に、歴史博物館があります。
その2階には、この二二八事件の記録やジオラマが展示してあります(無料)
そして、事件の詳細はWikipediaの検索をご覧ください。

後日談があります。

台湾の多くの家の玄関扉が二重になっており、高層の建物でも、窓と言う窓
全てに金属製の防犯枠が付けられている。初めて見たときは、中に猛獣がいる
かと思ったほど。

この風景も、やはり国民党軍が入境してからのことらしい。

そして、この事件後、国民党軍政は日本語を話せる多くの台湾人をスパイとして
逮捕、連行、そして投獄をしたそうです。