katuskazan高雄政経ブログ

東京下町・淺草から台湾高雄にワープした活火山の言いたい放題&宣戦布告・「支那のプロパガンダと 【歴史戦】を戦う」「負けるか?支那外交部の【口撃】」

バシー海峡北西の台風は北上か

高雄は、海風が入って暑いながらも、風のあるぶん爽やかです。 このぶんです、台風の影響
はもう無くなったと思います。 一般的な熱帯の暑さです。

バシー海峡は、 大東亜戦争中、日本の最重要な海上ルートでした。ここを抜けてレイテやラ
バウルまで行く船団は、ここを通って、日本へ物資や人員の輸送船のルートでして。 戦時中
アメリカ海軍潜水艦は、このバシー海峡で多数の日本の船を魚雷攻撃で沈めました。 

ですから、 輸送船の墓場とも言われたそうです。

先ごろ、 台湾で話題になった映画【KANO】では、最初のシーンで後に陸軍大尉になった甲
子園のもう一人の投手、札幌商業の錠者博美が、 フィリッピンへ向かう時のシーンから始ま
ります。 おそらく高雄から輸送船でフィリッピン戦線へ向かったのでしょう。 この時彼が乗船
した輸送船はあるいは、 バシー海峡を通るルートを通ってたかもしれません。

日本へ向かう非戦闘員、 病院船も魚雷攻撃を受け沈没、 多くの同胞がこの海に眠ってい
ます。 作詞・作曲者不明の【バシー海峡遭難の歌】もあり、 【YouTube】に軍歌として乗っ
ていいるようです。 日本人にとっては、鎮魂の海峡と言えます。