katuskazan高雄政経ブログ

東京下町・淺草から台湾高雄にワープした活火山の言いたい放題&宣戦布告・「支那のプロパガンダと 【歴史戦】を戦う」「負けるか?支那外交部の【口撃】」

それは、TBSから始まった。マスコミが在日に侵されて行った経緯

tbs

以前に、一度、ブログかfacebookへの投稿で紹介したことがあります。ビジネスマンの辻本貴一氏のブログで知った、TBS社員の独り言 「うちの局がこんなになってしまった経緯をお話しましょう」で知った驚愕の事実。これを詳しく。。

これは多少割り引いきても、理解できる内容です。

中韓を知りつくした男」(ブログ名)では、

~~~TBS社員の独り言 「うちの局がこんなになってしまった経緯
をお話しましょう」 というTBS社員と思われる人物の書き込みをそのままコピーさせてもらいました。 


~~~という切り口で 

TBSが朝鮮総連の巧妙な圧力で、同社の無試験による在日朝鮮人枠の入社を容認し、結果在日朝鮮人によって乗っ取られてしまう過程が説明されています。

第一ステージが、1960年代

第二ステージが、1970年代

第三ステージが、1980年代

第四ステージが、1990年代  でその過程が語られています。



興味深いのは第四ステージとその以降です。 引用します。~~

偏向報道捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、 報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。 ウチと同様に「左翼的」と呼ばれる朝日新聞、系列のテレビ朝日が、 どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多く、その手法が良くも悪くも緻密で計算高い のに対して、ウチの場合、この時期に発生した数多くのトラブルは、ほとんどすべてが 朝鮮半島絡み。

不祥事の内容も、テロを実行した朝鮮カルトの手伝いをしたオウム事件を筆頭に、 粗雑で行き当たりばったり。 バブル崩壊以降の景気低迷で、ただでさえ厳しい広告収入が、 「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。まさに、在日朝鮮人資金で在日朝鮮人が 運営しているのがウチの放送局。 2005年以降は、もっと露骨なカタチで在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が 為されると思う。

 

このように各TV局は無試験入社で在日韓国朝鮮人の採用を毎年 続けました。

もちろん在日朝鮮人たちは日本戸籍をとり日本名で入ってきます。 いわゆる「なりすまし日本人です」。

その在日韓国朝鮮人社員が昇進して、主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など1980年以降、決定的な権力を持ったポストに、つき始めました。 すなわち、在日韓国朝鮮人に各TV局は、乗っ取られていると云う事です。

その証拠に、韓流ブーム捏造と韓流ゴリ推しTVが、繰り広げられてきました。


恐怖を感じていたTBSはそれ以降、無試験入社で在日韓国朝鮮人の採用を毎年続けました。

この脅迫で味をしめた朝鮮総連は各局のテレビ局や新聞社をTBSと同じように因縁をつけて脅し、在日枠を設けさせたのです。

NHKも同じです。 こうして在日韓国朝鮮人のなりすまし日本人によって日本のテレビ局が支配されてしまったのです。


在日朝鮮人は日本で生まれ、日本国籍を取り、日本名を名乗り、世界に冠たる日本の社会福祉の恩恵を受け、教育機関の恵みに浴し、公共施設を 利用し、日本経済の繁栄の余沢に充分に預かり、そのことに対して、なんの感謝の念を持たずに、何故 反国家の姿勢を取り、反日本の構えを見せるのか?


彼らに日本国籍を貰ったならば何故日本人に成らないのか?と質問したら「国籍は変えられるが民族は変えられない」とうそぶいたそうです。~~以上、引用


 

こうした背景があって、マスコミによる偏向報道が一般的になっていたとすれば、容易に理由が理解できます。TBSのある赤坂の繁華街は、1980年 ころには裏通りの商業ビルに小さな看板を出した韓国スナックが、顔を見せ始め、1980年前後には赤坂の表通りに進出し、バブル期とその崩壊期に、一気に 街は韓国系の飲食店が目立つ著名な夜の繁華街に変貌してしまった。


ブロガーは、これは保守と左翼のイデオロギーの対決の問題ではない。日本においては在日と日本人の戦いですと、言っている。


生存と防御のための暴力的な闘争を肯定しませんが、本来の自由で公正なマスコミの理想的な姿を求めるとしたら、上の「在日と日本人の戦い」に共鳴できます。


ビジネスマンの辻本貴一氏のブログ「日本人の油断」

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