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katuskazan高雄政経ブログ

東京下町・淺草から台湾高雄にワープした活火山の言いたい放題&宣戦布告・「支那のプロパガンダと 【歴史戦】を戦う」「負けるか💢支那外交部の【口撃】」

東日本大震災

熱帯・高雄のkatsukazan

東日本大震災・3.11

3.11、早いもので5年ですね。 

あの時刻にちょうど自宅に居たkazanは「(ついに・とうとう)関東大震災がキタ!」と判断しました。そして、キッチンのテーブルの下に潜り込みました。 すぐにテレビを付けると、震源地が東北ということで、揺れの大きさに改めて驚きました。 数回発生した余震の間にマンションの外に出、正面の銭湯の脇の広い駐車場に避難をしました。

隣の、大規模修繕をしていたマンションの足場が一部外れたりして、職人さんが数人、青ざめた顔で避難していたことを思い出します。

一緒に持ちだしたラジオ情報で、とりあえず東京は大丈夫と判断して部屋にもどり、テレビをつけると、想像した通りの津波の発生でした。 生き物のように低い場所を探すようにうねるように襲ってくる津波、河川を逆流し、低い堤防を超えて、平地を襲っていた津波と合流するのは、見ているだけでも十分すぎる恐怖に襲われた記憶があります。

画面に映る車で避難する車両が、交差点で渋滞しているの見て。思わず、車を止めて「走るんだ!」と何度も涙ながら叫んでおりました。

構造物

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あの地震で倒壊した建物や構造物はほとんどありません。 福島原発の総電源喪失も、多くの遭難者や被災者は全て言っていいくらい津波に因るものであった事を思えば、今また、将来の津波に挑むかのように、10メートルを超える高さの堤防を構築する以外に、津波に強い都市計画は難しいものなのかと複雑な心境になります。

構築物は、いずれ劣化し、脆弱になります。 このメンテナンス費用と耐久性を考慮しても如何なものでしょう?

東京オリンピック時代に建築された構造物の多くはほとんどが都心では姿を消しております。 日本の構造物で100年150年間耐久しうる建設は可能でしょうか?

原発問題

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東日本大震災で特筆されるものが、福島原発の問題です。

詳細は今更ですので省略しますが、多額の国税と研究費用をつぎ込んで「是」とした原子力発電所の構造物が、地震津波に耐えたことは承知の通りです。

問題点は、付帯設備の問題と、事故以前に指摘されていた電源喪失への対策が見送られたことに因る「人災」的要素が大きいということです。

その事故により、一時的に原発そのものが全て見直されるるのはしかたのないことですが、その存在を全否定すると言う思考には納得がいきません。

専門家、学識経験者の存在とは、そんなに容易に振り子が真逆の方向向かうような、簡単なものだとすれば、日本の意思決定のシステムに大きな疑問を持たざるを得ませんですね?

そして、そんな曖昧なものに、多額の資金を投入し、人材を育成し、学識経験者と専門家の知恵を結集してきた成果が、単にそれだけのものであったとすれば、ことは重大です。

まるで原発反対の声は、戦後の、「戦前の文化の全否定」のようなヒステリックな風潮の中で醸成されているとすれば、ベースにある思考方法が、現在とかく問われている国の安全保障に関する事で、国論を二分する動きに重なるのが気になります。

戦後70年過ぎても、戦争とその歴史を叙情的な感性で捉えようとする思考と、社会科学として現実的に事実を捉えようとする、現実主義との乖離があまりにも極端な日本人の思考方法に不思議を感じます。

 

 

 

 

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