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katuskazan高雄政経ブログ

東京下町・淺草から台湾高雄にワープした活火山の言いたい放題&宣戦布告・「支那のプロパガンダと 【歴史戦】を戦う」「負けるか💢支那外交部の【口撃】」

ニュース女子の「捏造慰安婦問題の背景」から

最近は報道トーク番組が日本ではブームのようですね。

高雄にいるkazanはYouTubeで、長谷川幸洋がバンを張る、「ニュース女子」を視聴しました。

この中で、

慰安婦問題は1992年1月、時の宮沢総理の訪韓に合わせて、朝日が意図的とも取れる形で報道した、慰安婦報道です。

さらに慰安婦問題を国家レベルの問題に押し上げたのが、1993年の村山内閣の河野洋平内閣官房長官が発表した談話、いわゆる「河野談話」の存在です。

この結果宮沢総理は、滞韓中8度の「お詫び」発言がなされ、これほ日本の総理が謝罪するのなら、金になると踏んだのが発端です。

後年、国際的な非難を浴びることになった原因が「河野談話」です。

その結果挺対協の行動にドライブがかかったのか真相で、それを得際良く紹介した番組に好感を持ちました。

 

従軍慰安婦」の用語が使われたのは、朝日新聞が最初ではなく、元毎日新聞の記者であった作家の千田夏光が著書従軍慰安婦(1973年・双葉社)で表現したのが始まりです。

 

「従軍」と言う呼び名には、もともと「従軍記者」「従軍画家」「従軍看護婦」などが存在し、「従軍看護婦」は1966年大映若尾文子の「赤い天使」で「従軍」ものの女性版が存在してましたので、それを千田夏光氏が使用したのかもしれません。

挺身隊の使用は、朝日新聞の上村記者が使用し、それに朝鮮人が、彼らにとって耳ざわりのいい『「挺身隊」として「従軍慰安婦」に強制徴用された』と言うことが定着しました。

 

「挺身隊」は戦時中の「女子挺身隊」を簡単に「挺身隊」と使用が一般的でしたが、これは単に女子学生・生徒が生産現場に動員されたものですいが、ファンタジー志向の強い朝鮮人には「女子挺身隊」は「婦女子が身体を強制的に艇された」ことに転じる効果があって、朝日新聞の上村記者が使用したのがはじまりです。

 

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この話には、裏がありまして、朝日新聞に記事情報を提供したのが中央大学文学部吉見義明教授です。

 

吉見義明教授が慰安婦問題で脚光を浴びたのは、防衛庁防衛研究所図書館で閲覧した慰安婦に関する資料をコピーして朝日新聞記者の辰濃哲郎に渡したことにはじまります。

朝日新聞は1992年1月11日の朝刊1面で「慰安所への軍関与示す資料 防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」と吉見の資料による記事を掲載しました。

無論朝日新聞では、5月に朝日新聞の大阪版が吉田清治なる輩の証言を写真入りで紹介してました。

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さらに8月には、朝日新聞のソウル派遣の、植村隆記者が「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く」と報じました。


12月:元慰安婦だという女性など35人が日本政府を相手取って謝罪と賠償を求めた提訴を行なう結果になり、韓国流謝罪ビジネス化してしまったというのが真相です。

 

こうした流れから判断すれば、慰安婦問題の発端はすべて日本側に責任があるという判断ができます。

最も悪かったのは、日本政府の対応です。

発生した事象に対して、的確な対応をしなかった事が最大の原因であり、物書きが興味本位に用語を造語するのは表現の自由の見地から容認できても、影響力のある巨大メディアが用語の使用を誤ったことは、完全なミスリードです。

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1992年12月に日本政府への訴訟をけし掛けたのも、日本人です。

この時の弁護士は後に参院議員になり社民党の党首にもなった福島瑞穂氏です。

福島瑞穂氏はこの件でお訴訟の代理人になり、それなりの着手金を手にしたはずですが、現在インターネット空間では在日日本人で本名は「趙春花」ということが定着しています。