katuskazan高雄政経ブログ

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青い血・スペインハプスブルグ王家

kazanは世界史が好きな高校生でした。

歴史男子の世界史版です。

現在も、三省堂・世界史Bの教科書を手元に置いております。

高校教科書のほうが、表面的で流れのテンポがよく、一般的なことは手に取るように分るからからお手軽で便利です。 いうなれば、世界史のコンビニみたいなものです。

 

中世から近現代に至るまで、ヨーロッパにグローバルに君臨した王家が「双頭の鷲」を紋章にしたハプスブルグ家です。

ベルばらのマリーアントワネットは、オーストリア・ハプスブルグ家の王女が、ルイ16世と結婚しフランスブルボン朝の王妃になり、宝塚歌劇団史上最大のヒットのモデルのなりました。

このオーストリア・ハプスブルク家は中世から20世紀初頭まで、650年もの長きに渡り君臨した、ヨーロッパ随一の王家。自らを「高貴な青い血」の一族と見なし、血族結婚を繰り返しました。

この中で、スペイン・ハプスブルグ家は異常とまで言える、血統主義を貫き、悲劇的な終末をし歴史にその存在を残しました。

つまり高貴な青い血のスペイン・ハプスブルグ家は1700年、カルロス2世(フランス語読みシャルル、英語読みチャールズ、ドイツ語読みカール)の死によりその宗家は絶えました。

宮廷画家により残存してる一部の肖像画をまとめました。

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国王や、王妃の画像です。

高貴な証が、しゃくれた尖った顎と静脈が透けて見えるような白い肌、つまり高貴な青い血の一族です。

これらの肖像画は宮廷画家によって描かれたもですから、特徴を子細に表現するにしても、かなり美化された表現で描かれたものと推察します。

それで、尚、これほどの顕著な類似があるのですから、青い血に執念にはゾッとさせられます。

 

家系図です。

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一族は、血統を維持することに傾注し、本来家系図は末広りになるものですが、完全な逆になっています。

ハプスブルグ家、血に異常な執着・青い血に血統を維持すために、近親婚を繰り返し、実の叔父・伯父と姪が婚姻するのは普通であったと言われております。

その結果濃い血縁による劣性遺伝が優位になり、知能障害、身体障碍、虚弱体質や上顎と下顎のかみ合わせ傷害から栄養障害までが現れるようになり、家系図は逆末広がりになり、1700年カルロス2世の死により、王家は滅亡します。

これ類似した例では、古代エジプト王朝でツタンカーメンの死因をみると同様の記載があります。

wikipediaでは、ツタンカーメンの死因について

ツタンカーメンの死因が特定されていなかった当時、大腿骨の骨折から数日で死亡したことだけが確認されていたことから、他殺説が最も有力な説とされていた。

2010年のエジプト考古学研究グループによるCTスキャンを初めとしたDNAや放射線調査により、ツタンカーメンは近親交配で生まれたことによる遺伝による先天的な疾患を多数患っていた可能性が非常に高いことが確認されている。具体的には変形した背骨、欠損した足の指、臓器疾患の跡等が確認されており、特に直接の死因は足および大腿骨の骨折と、脳性マラリアの合併症による体調不良の悪化が原因であるという証拠が多数見つかった。

とあります。

 

オーストリアアプスブルグ家も、その青い血を維持しながらも、ナポリ王国トスカーナ大公国ボヘミア王国ハンガリー王国オーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)などの大公・国王・皇帝の家系となりました。

またオーストリアアプスブルグ家は、姻戚関係でその王家の領土を一族のものしていくという手法も取り入れたことで、広範囲な姻戚関係を構築sることができ、その結果、スペインハプスブルグ家のゆな結末を避けえたのかもしれません。

こうした広範囲にな姻戚関係からの血縁の結果、スペイン・ハプスブルグ家のような結末を迎えることなく、後半は形骸化していたとはいえ、ほぼドイツ全域を統べる神聖ローマ帝国ドイツ帝国)の皇帝位を中世以来保持し、その解体後もオーストリアがドイツ連邦議長を独占したため、ビスマルクによる統一ドイツ帝国から排除されるまで、形式的には全ドイツ人の君主であり、ヨーロッパ随一の名門王家と言われております。

久方ぶりに世界史のおさらいをしたような感じです。

それにしても、スペイン・ハプズブルグ家の例に見る、遺伝・遺伝子とは衝撃的なものである印象を改めて認識しました。